観賞後一週間、「この世界の片隅に」は思い出すだけで涙が出てくる映画でした

昨夜、具合が悪くて早めに寝た。
今日の分のブログを書いていなかったので、早めに起きて書こうと
二度寝を見越して5:50にアラームをかけていたのでした。

案の定、アラーム消したまま、土下座しながら二度寝していた。

なんか揺れるわー、寝にくいわーと思ったら地震。
低層階に住んでいるのに揺れの時間はとても長くて、車に酔うような感覚だったけど、すぐ三度寝してた。
自分の危機管理能力がなさ過ぎて泣けてくるわ。
ほんと放っておけば何時間でも眠れてしまうので、逃げ遅れてしまうな。

あまりにも物々しいテレビの放送にすごく怖くなった朝、とてもじゃないけど旅行記のブログを書く気になれずに涙目のまま普通に出社して一日を過ごしました。
同僚との会話も、2011年の東日本大震災のときを振り返ったり。
今回は大きな災害にならずによかったです。
まだ油断できないでしょうけど。

プライベートでも少し悲しいことがあったので、なんだかちょっとうまくいかない日。
先週見て、号泣した映画のことを書こうと思います。

『この世界の片隅に』
http://konosekai.jp/

先週の水曜サービスデーに見に行きました。
普段アニメ映画、というよりもそもそも邦画の新作をあまり映画館に見に行かないのですが、Twitterのフォロワーさんたちがこぞって絶賛していたのもあるし、東京国際映画祭での評判もかなりよかったので…

いわゆる戦争映画ではなく、あの時代を広島県で生きていた、一人の女性の物語。
ネタバレになるので内容は書かないようにします。

私、上映開始直後に能年ちゃん(今は のん ちゃんに改名していますが)の声を聞いた瞬間から、もう既に泣いてしまっていました。

ゲストがいない会でありながら、上映後に会場中から拍手が。
どうやら私が見た回だけでなく、全回で拍手喝采。
私は会場を出てもしばらく涙が止まりませんでした。

戦争という悲しい出来事にただ泣いているのではなく、戦争が人々の日常を奪ってしまったことが悲しかったのかな。
すずさんの日常は、クスクスッと笑える要素も大いに含めながらも(そう、ただのお涙頂戴作品ではないのですよ!)、1945年8月の広島県に何が起きることがわかっているだけに、見ているだけで切なくて。
何にも知らない街の、何にも知らない男の家に嫁いだすずさん、彼女の純粋さが、ストレートに響くのです。
デートでうきうきしたり、全力で怒って喧嘩したり、「あまちゃん」のアキちゃんそのまんま。
「ああ…」とか「はっ」とか「くぅ」とか。のんちゃんの声は、台詞だけでなくて吐息までもが泣けてくるのです。
すずさんがスクリーンの中でも、見た後も心の中でずっとずっと生きているのは、のんちゃんの声があってからこそです。
観賞後一週間も、まだあののんちゃんの声とすずさんの生きる姿を思い出すだけで涙が出てきます。

「この世界の片隅に」は、出会えてよかった最高の作品です。
だけどTwitterの情報では「民放のテレビ局はある事情でこの作品の宣伝や紹介ができない。」そうです。
もう私みたいなのでも、2度3度と劇場に足を運び、例え微力であっても、全力で応援していきたいです。

★広島弁メモ★
「やわい」=「やわらかい」
「こまい」=「小さい」
「ほいで」=「それで」「そうしたら」
広島市と呉市で方言が違うんですね…
(そういやペンギン村のある新潟も広かったから上越と下越じゃだいぶ違ったわ)