メランコリア Melancholia

いよいよ17日日本公開!ラース・フォン・トリアー監督『メランコリア』。

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http://melancholia.jp/

姉クレア(シャルロット・ゲンスブール)と、その夫ジョン(キーファー・サザーランド)の豪華な邸宅で盛大な結婚パーティーを行うジャスティン(キルスティン・ダンスト)。
伴侶となるマイケル(アレクサンダー・スカンスガード)と共に皆に祝福されて幸せなはずのジャスティンは、ある種の空しさに駆られていた。
そして、巨大な惑星メランコリアが地球に向けて近づいていることを知り、焦燥や絶望ではなく、何故か、心が軽くなっていく感覚を覚える。だがそれは同時に、メランコリアが世界の終わりをもたらすことをも意味していた─。

去年のカンヌでは映画祭を追放されてしまったトリアー。
前作『アンチクライスト』でシャルロットにあんな演技をさせてしまったトリアー。

アンチクライスト [DVD]

果たして。

以下感想。ネタバレ含みます。(でも結末は書かない!)


ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をBGMに、ralenti(スローモーション)を用いた
絵画的なプロローグが、観賞後の今となっては本作の結末を暗示してるような気もしましたが
「アンチクライスト」のトラウマが蘇るような恐怖感もありました。。。
だけども、ここだけショートフィルムとして何度でも見たくなる8分間の美しいプロローグ。

物語は第一章「ジャスティン」、第二章「クレア」の二部構成。
姉妹のコントラストが如実で、珍しく分かりやすい展開だった。

・結婚式=現実的な第一章、惑星が地球に衝突する=非現実的な第二章
・ジャスティンの豊満な胸、クレアのギスギスした肉体
・地球が滅亡する=生物体がこの世から破滅する と諭し冷静なジャスティン、
 自分と子供の命を第一に考え取り乱すクレア
・鬱の苦しみから逃れられ安堵するジャスティン、
 ただただ幸せな生活を失いたくないクレア

もともと「メランコリア」(melancholia)は鬱病の意味。

そしてキルスティンが演じるジャスティンは躁鬱病。だけども第六感は冴えわたっているようだった。
空に光る赤い星“アンタレス”を見た瞬間から彼女はどんどんおかしくなる。
姉クレアに「変なマネしちゃだめよ」と注意されたときから次々と奇怪な行動に走る。
抑制されるほど反発したくなる子供のように。

経済的に恵まれていて、幸せな家庭を築いているクレア。
だけどそう見せないのがトリアーの意地悪いところ。
第一章だけ見てみると、艶々しいキルスティンの傍らに映るシャルロットの姿はあまりにも不憫だった。
ジャスティンが崩壊していくにつれてその感情は徐々に薄れていくけれども…

本作では、とにかく映像美を堪能出来たことが非常に嬉しく。
全裸で月光浴をするキルスティンの美しさったら。
シャルロットの危うくて幼さの残る可愛さが見れたし、なんかホッとした。
二人の母役・シャーロット・ランプリングの薄気味悪さもたまらなくよかった。

ラストは本当に素晴らしい構図だった。
「最期」を描くシーンで鳥肌立ったのは『神々と男たち』以来かも。

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シーンが移り変わる場面、ときどき「ブチッ」と切れるのが妙に怖かった。。。

あとツイッターだったか、フランスの映画サイトか、何で見たのか忘れたけども、エンドクレジットの後も見逃すな、的なことが書き込まれていたような気がしてしばらく見てたけど何も起こらなかったという…
まさか日本版、カットじゃなかろうな…

地球最後の日。

壮絶なラストと、姉妹の言動があまりにも両極端なので「あなたはクレア派?ジャスティン派?」なんて議論されることも少ないだろうけれど、やっぱり考えてしまう「自分ならどう行動するか」。
「“最後の晩餐”は何にしよ…」なんて考える余裕すらないんだろうけれども。

※恥ずかしながら後で気づいたけれども、「スチールブレーカ―」って「かなり出来る奴」って意味。
これって普通に用いられる言葉なんでしょうか…普通に素通りしちゃってましたけど。