Paris, je vous aime…

中学生の頃、初めて原宿でオープンカフェを見た。衝撃的だった。フランスに憧れた。

フランス語をようやくかじったのが高校生の頃。もう進路は理系に決めていたので仏文科へは行けず。

それでも第二外国語でフランス語を専攻し、上京することによってフランスの音楽、映画、文化に触れる機会が増しフランス好きに拍車がかかった。絶対パリに住むんだ!と思っていた学生の頃。

考えてみれば、私のフランスかぶれ歴は長い。

数年前フランスに(短期間ではあるけれど)住んでいたときは、今程ときめいていなかった。まだフランス語もろくに理解していなかったし、毎日寒いだの、フランス人は愛想が無い、屁理屈が多いだのと文句を垂らしていた。慣れない環境でストレスも溜まったときもあった。今思えばなんて贅沢なんだろう、フランスに住むなんて。

今こうして日本に住んでいるのはある意味数奇な運命の積み重ねの結果だけど、今の私にとっては、この9,700キロと言う遠距離恋愛がちょうどいい。たまに行っては興奮し、また一段と好きになって、日本に帰ってまたフランスを想う。フランスを想うからこそ毎日頑張ることが出来るんだ。
住んだら住んだで不満が出て来る。今、フランスに対して不満を抱きたくない。ただ、ただ好きでいたい。

と、日本へ帰国する自分を慰める。

2008年11月21日。パリ旅行5日目。遂に別れのとき。

パスポートコントロールのお兄ちゃんとどうでもいい会話をしたような気がする。ハッキリ言って、疲労困憊の私、最後の日はここら辺から記憶がほとんどない。

なんてことなくセキュリティチェックも通り、今年9月に完成したばかりの出発ロビーを楽しむ。どんなブランド免税店よりも、やっぱりRELAY(キオスクみたいなもん?)が一番楽しい。ゲン様表紙の雑誌をまた買う。

でももっと楽しい場所があった!
フードコート!!
最後のパリ飯はなぜかピザです。これがまたチーズたっぷりで美味かったー。半分睡眠状態でも、食べられる自分が怖い。

空港内、とにかく近代化していてビックリ。PS3で遊ぶブースなんかもあったり。

天井が高くて開放的。ビロード(!)の赤が、深紅じゃなくて朱色なところがまたいい。

で、実はもうロビーから半分睡眠状態に足を突っ込んでいる私は、もう何がなんやらようわからん状態で搭乗するのです。

席に着き、エアピローを膨らました後、すぐに落ちました。パリを上空から眺めることなどできず、離陸した記憶もない。

なんて骨体!


mon mariから合図をもらい、目覚める。ドリンクサービス。本当に、私、ようわからんのです。何を思ったのかシャンパンをいただきました。

飲み終わった後、一瞬また落ちる。またふっと目覚める。食べ物のにおいだ。

紙でメニューが渡されていたんだけど、目が開かず、あんまり読めない。

帰りの飛行機は丸っきりエールフランスの機体。韓国色は全然ないのに、なぜかメニューにビビンパがあった。迷わず頼む。

え?これ、ビビンパでっか?

想像と違う物がでてきた。ビビンパっていうよりは、プルコギっぽい。むにゃむにゃ、むしゃむしゃ…
赤ちゃんが寝ながら食べる気持ちがよくわかる気がします。

mon mariは
「コリア オア フレンチ?」
と聞かれて「フレンチ」と答えていたような気がします。で、隣で食べていたのがこれ。

うまそー

むにゃむにゃ…

(熟睡)

トイレに行ったような記憶はありますが、またmon mariの合図があるまでひたすら寝ました。二度目のご飯は、軽過ぎる軽食です。

んー、あんまり美味しかった記憶はない。むしゃむしゃ、むにゃむにゃ…

(熟睡)

あっという間に韓国。どうやら飛行機が遅れていたらしく、乗り継ぎ時間も40分くらいしかなかった。仁川空港の記憶、皆無!

日本までの二時間、またひたすら寝ます。が、機内食では必ず目を覚ます自分が憎たらしい。

んー、これはなんなんですかね、んー、美味しいですね、むしゃむにゃ…

(熟睡)

またmon mariから合図。え?またご飯?

え?これなに?富士山?もう、日本なの?あー、そーなの、フランスって近いね。1時間くらいで着いた感じだね、むにゃー

そうして成田エキスプレスで帰った記憶も、全くございません。

あー、よく寝た!

そんなこんなで遂にこの旅行記も最後。より一層「おフランスかぶれ」に磨きがかかった私。帰国後二週間、このブログをアップし続けることで現実世界へ戻るリハビリとなりました。

また来年フランスに行くために、一年間頑張ります。

~PARIS2008 FIN~