アデル、ブルーは熱い色 La Vie d’Adèle Chapitres 1 et 2

遂に公開されました「アデル、ブルーは熱い色」。
http://adele-blue.com/

上映時間179分という長丁場ですが、800時間(!!)という驚異的な撮影期間、そして多感な思春期に訪れた”運命の相手”との愛を描くのには、寧ろ短く感じる程。

以下ネタバレも含みますので、これから鑑賞される方はスルーしてください…

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お行儀がよいとは言えない食事の仕方、うつ伏せで口を半開きにした寝姿、
あどけない子供のようなアデル。
授業でレポートを書くために読み始めた「マリアンヌの生涯」(La vie de Marianne : マリアンヌが色んな男に出会って弄ばれる話)に夢中になったり
友達に冷やかし半分で勧められた彼と付き合ったり
嫌厭してた音楽ジャンルも彼が好きなら、まあ…と受け入れようとしたり
自身の生き方に平衡感覚がなくフラフラしている高校生。

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「人生に偶然はない」

アデルは”運命的に”エマと出会う。

哲学に拒否反応を示すアデル、実存主義のサルトルを敬愛するエマ。

「美しくない芸術も”美術” (Beaux-Arts)というのはおかしい」というアデルに
「醜い芸術なんて存在しない。醜いって思うのは主観」と答えるエマ。

共通項のない二人は惹かれ合い、愛し合う。

寂しさ故にできた溝を埋めようとするアデル、
アデルを太陽と思うエマ。

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「愛に乾杯」

アデルとエマ、お互いの家での食事風景の比較で、
二人の家庭環境と、それまで形成されて来た人間性が垣間みれるのだけれども
ここでもまた埋められない溝がある。
各家庭の食事後のセックスシーンの違いもまた切ない。

アデル、本当は教師になんてなりたくなくって、子供も好きではないんじゃないかな。
彼女が教える姿に、夢を叶えたような表情は見えない。
両親が安心する職に就ければそれでよかったのかもしれない。。
詩を書くこともせず、ニューヨークにも行かず。
保守的で、確固たる自信もなくて。
そんな中、貫ける想いは、エマへの愛だけ。

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パンフレットの中で、ケシシュが
「アデルはあなたにとってのアントワーヌ・ドワネルですか」
という問いに、「頭を過ったことは認めます」と答えていますが
ケシシュ自身の分身というよりは、相手が同性であれ異性であれ、
根本的な”人を愛する歓び”は、誰にでも共感し得る部分があるんじゃないかなって。

ラストの青い色は、見る人によって解釈が異なるところだと思うけど
私はあの色は”終わり”ではなく”永遠”っていうように感じて、苦しく、切なかった。

「衝撃的な7分間」がとにかく話題ですが、生々しすぎて息もできないくらい…です。はい。
(モザイクがなあ…)

原作はコミックらしいのですが、映画とは結末が異なるようで…

ブルーは熱い色 Le bleu est une couleur chaude

見終わった後、とにかくレアちゃん病になるとともに
ボロネーゼが無性に食べたくなるんだけど、
牡蠣はなんだか食べるときに躊躇してしまいそう…

東京の桜は、もうほとんど葉桜になっていました。

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