神々と男たち Des Hommes et des dieux

2010年カンヌ映画祭グランプリ、2011年セザール賞最優秀作品賞
神々と男たち』(原題:Des Hommes et des dieux 監督:グザヴィエ・ボーヴォワ)。
フランスでは公開後4週連続1位獲得、304万人以上を動員した大ヒット映画。
3月5日に日本公開初日を迎えました。

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1996年アルジェリアで起きた、武装イスラム集団によるフランス人修道士誘拐・殺害事件。
修道士たちが誘拐されてから二ヵ月後に頭部だけ発見、胴体部分は見つからないまま、という残忍極まりない事件が題材。
未だ謎に包まれた事象も数多く、2003年から今も尚真相を解明するための裁判が行われているそうです。



私は言う
あなた方は皆 神々である
しかし 人間として死ぬだろう

聖書詩篇82章の引用から始まる。

神への信仰心や宗教への関心が薄い日本で生きていると、殉教などという考えは理解に苦しむ点もある。
ましてや、イスラム原理主義、アルジェリア内戦などに“無知でも生きていける”この国では“よその国の話”として距離感を覚えるような話。
アルジェリア系住民が100万人以上いて、今もイスラム過激派が潜伏している本国とでは捉え方も大きく違うでしょう。
無宗教である自分は鑑賞することに気構え、躊躇いすら感じていました。
パンフで知ったのですが、9人中7人が誘拐された夜、難を逃れた残りの2人には電話線が切られていたため外部への連絡手段がなかったそうなのですが、その時間はちょうど「外出禁止時間」だったため、通報するのを朝まで待つことになったのだとか。
想像の枠を超越した信仰心には驚愕するばかりです。

それでも、「イスラム教が悪で、キリスト教が正」という印象を受けず、純粋に胸打たれるのは
単純に無宗教で無知だからという理由ではないようです。

聖歌を朗誦し敬虔な祈りを捧げ、禁欲的に規則正しく慎ましやかに生活する修道士たちの姿は実に神々しく。
そしてどんな苦境にあっても、山々に囲まれた風景、窓から差す太陽の光は変わらず美しく。

「生きるために修道士になったのだ。死ぬためではない。」
殉教精神と葛藤する修道士。
「私たちは鳥、あなたたちは枝。枝がなくなれば、私たちはどうしたらいいのですか?」
共存する村民の言葉。
「ここを出ても行き場所がない」
ただ単にそれだけの理由なのかアルジェリアに残留することを決める修道士。

生きることへの強い執着心と、殺されるかもしれないという恐怖の狭間に立たされる修道士たち。
その人間的な感情を持つ修道士たちの姿にいたく感銘するのです。

チャイコフスキーの『白鳥の湖』をBGMが美しく鳴り響く
殉教という使命を果たす覚悟を決めた夜、最後の晩餐。
安易な言葉では言い表せない涙が頬を伝いました。

修道院たちが最期に血を流す姿は映し出されていません。
森へと消えてゆく修道士たちの運命の行方を描いた静かなラストは
もうそこには宗教心や国の違いなどという考えはどこにもなく、
世界の平和を願うと同時に、人生の在り方を観る者各人に訴えているような大きな余韻が残りました。